感想:『日本の著作権はなぜもっと厳しくなるのか』

この本は、山田奨治教授が日本の著作権法改正の舞台裏をていねいに描いたもので、2011年出版の『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』の続編。

一般に、弁護士や法学部生・ロースクール生は、職業柄どうしても

「現行法がどう解釈されるのか?」

という法律の世界に強い親和性があって、

「どうしてこういう法律が成立したのか?」

という政治の世界はすこし苦手です。でも、実際の立法過程はドロドロした人間のナマの営みであるはず。ときには、法律書では触れられない背景に意識を向けることも大切かと…

違法ダウンロード刑事罰化に関して、山田教授は

農業や土建に関することと違って、著作権のことはそもそも票にはならない。一定数の有権者がいる票田のようにみえるネット・ユーザーの側に立ってみても、それが実際の選挙結果には結び付かない。政治家の側にしてみれば、そうした現実を突き付けられた「祭り」のあとだった。

と指摘しています。

逐条解説で立法趣旨をみても、こうした話は絶対にでてこないし・笑、

違法ダウンロード刑事罰化で日本の音楽業界は息を吹き返したろうか。2011年に3539億円だった音楽ソフト市場は、翌年には3651億円に回復したものの再び下落し、2014年には3000億円を割り込んだ。本書の執筆時点で、違法ダウンロードによる検挙者はひとりもいない。

という視点からの犯罪構成要件の説明も稀です・笑

著作権法をテーマにした本ではありますが、立法過程を知るという意味で、著作権に直接興味のない人にとっても、とても参考になると思います。

それにしても、この本で黒幕的な扱いをされている米国…

世界に類のない強力な権利者団体を国内に抱えて、世界中に権利者側に有利な改正を輸出しているのは事実であるとしても、、、

一方、アメリカ国内では、DMCA、フェア・ユース、CDAといった今日の米国インターネット事業者の繁栄の礎となったユニークな法制度を作り上げているので、一筋縄ではいかない、なんとも懐の広い国だと思わざるを得ません…

紹介:『福田 博 オーラルヒストリー「一票の格差」違憲判断の真意』

10年に及ぶ最高裁判事の在任中、議員定数不均衡訴訟において、常に違憲判断を貫いた福田元判事。この本は、その福田元判事のオーラル・ヒストリーです。

外交官ご出身の福田元判事、前半では、幼少期から外交官時代、そして最高裁判事になるまでが綴られています。

留学先の Yale Law School では新入生に速読テストが課せられており、福田元判事は、なんと Yale Lawの優秀な米国人学生よりはるかに速読能力が高かったそうです。日本語での読書が速いのはともかく、ネイティブに混じっても英語で読んでもトップクラスというのは驚愕です…

その英文速読能力を生かして、最高裁判事になることが決まってから、米国の憲法のケースブックや民主主義に関する文献を1700ページ読んだとありました。外交官出身の自分が貢献できるのは憲法分野であろうとの想いだったそうです。そうしてみますと、若き頃の米国ロースクール留学が後年の最高裁判事としての価値判断に何がしかの影響を与えたのでしょうか。留学先が公法分野で著名な研究者を輩出する Yale Law School だったことも一因かもしれません。

さて、この本を手にする人にとって最大の関心事、議員定数不均衡訴訟ですが、衝撃的だったのは、福田判事が反対意見を書こうとするとその意見に抵抗する調査官がいたとのこと。

最後は、「どうしてもそういうことが書きたかったら、最高裁判事になってから書きたまえ」と仰るに至ったそうです…福田氏の想像では、調査官側に「在野の弁護士出身ならまだしも、官僚出身、しかも最高裁判事なりたての福田氏がこの種の原告側につくとは一体どういうことか」という抵抗感があったのではないかと。

ドイツから取り寄せた資料なども踏まえて議論を展開しようとしても、担当調査官から日本語で紹介されている裏付けがないという理由で書いてはいけないと言われたり、反対意見のマスメディア向け説明でも、(おそらくは意図的に)適切な要約がなされなかったという状況があったそうです。

一般には、裁判官出身の判事と行政官出身の判事は国よりの判断を下す傾向があると言われます。が、そうした判事たちがあえて少し違った判断を示す際には、弁護士出身の判事よりもしがらみが多いのかもしれません。リベラルな判断を下すことが多かった裁判官出身の泉元判事もそれによって何かと損をしているはずだ、とのコメントがありました。

また、外交官ならではの福田元判事の目からすると、弁護士は批判精神には長けているが、民主主義の話になると、歴史観や世界的な視野が欠けるからか、むしろ、日本の判例拘束のバイアスに囚われているという印象もあるそうです。優秀な調査官たちに関しても、冷戦期の最高裁判例をそれぞれの時代特有の背景を抜きにして理解している、というニュアンスでおっしゃっていました。

最後に、退官後に弁護士登録して西村あさひに所属した経緯も、少しばかり書かれています。最高裁判事の退職後のキャリアを率直にお話しされているものは少ないので、とても興味深かったです。

シリコンバレーの法務記事紹介 - Apple 本社の企業内弁護士

Apple Watch も発売され、その時価総額が4月24日時点で実に7588億ドル(日本円で90兆円超)という天文学的な数字に達した Apple Inc. そんな Apple 本社の法務部の記事をみつけたので、ここにご紹介。その題名も、米国的に直球ズバリの How to Get a Job at AppleAppleに就職する方法)。。

記事はThe Recorder 編集部が California State Bar や LinkedIn の情報をもとに Apple 本社法務部を分析した結果とのことで、要約すると以下のとおり。

  • クパチーの Apple 本社法務部では、概ね200人の企業内弁護士がおり、2014年1月以降で3ダースあまりの弁護士を新規採用。60%が男性、40%が女性。幹部層も半分近くが女性。平均在籍期間は4.3年であるが、これはシリコンバレーのテクノロジー企業では珍しくない*1
  • 出身ロースクールは西海岸の学校が多いが、その他の地域も含め、数は約60ととても多様。筆頭は地元の Santa Clara University School of Law *2であり、26名。UC Berkeley、Stanford、Harvard、UC Hastings、UC Davis、George Washington University、NYU、Duke あたりが続く。
  • 前職は様々だが、比較的、法律事務所からの入社が多い印象。ひときわ目立つのがサンフランシスコを本拠とする Morrison & Foerster、続いて、Fenwick & West、Cooley とシリコンバレーのローファームが続く*3。インハウスからの転職ももちろんある。OracleSun MicrosystemsIntelMicrosoft といった大手IT企業出身者が多い。そして、FTC からの転職も。また、一定数のロースクール卒の新卒がいる模様。
  • ここ3年ほどで元Googleのプライバシー・カウンセルの率いる5人の弁護士によるプライバシー・チームを作り上げたほか、2名の元連邦検事の採用も。

*1:3年から4年という、株式ボーナスの付与・行使期間と対応しているとのこと。

*2:Santa Clara は、最新のU.S. News Best Law Schools 2016では94位。おそらく、日本ではそれほど知られていないロースクールだろうし、Apple以外の著名テクノロジー企業では必ずしも多くないかもしれない。リクルーティング会社によれば、すでにテクノロジー業界で働いている人たちが通学するに適した夜間のパートタイムプログラムがあるらしい。

*3:Apple 本社だけあって特許を始めとする知的財産権弁護士の採用が多いせいか、シリコンバレー最大手の Wilson Sonsini Goodrich & Rosati は意外にもさほど多くない。

感想:『外資系トップの英語力』

英語との付き合い方や今後の自らの英語でのコミュニケーションを考える上で、多少なりともヒントになればと思って読んでみたが、この本は、一見ありがちな売らんかなの書名に反し、予想以上に興味深い話が多かった。

外資系企業の日本法人のトップから、自らのキャリアで英語を使うことにより広がった世界や、仕事の進め方や考え方の変化、語学勉強法などを聞き出す、というコンセプト。以下、各氏のインタビューで心に残った部分をメモ。

  • 井上ゆかり氏(日本クラフトフーズ代表取締役)- 新卒で入社したP&Gでは、やがて昇進して米国本社で勤務することとなったが、その当時、上司から指摘を受けて、英語発音矯正のため、アクセント・トレーニングを受けさせてもらったそう。また、リーダーシップ・スキル改善のために、上司の奨めで専門のコーチを付けてもらい、会議の仕切り方などを社内で観察したコーチが同僚から聴き取りした上で井上氏にフィードバックを提供し、それを元に改善を図ったとのこと。
  • 梅田一郎氏(ファイザー株式会社代表取締役)- 「勉強の極意。 それは好きなものをあきらめて集中すること」という。梅田氏は、楽しみとしての読み物はもう何十年もしていないそう。また、英語の勉強の仕方として、シャドーイングとディクテーションを挙げる。なお、日本法人の社長就任時には、前任者から「英語を勉強しておいてくれ」「どんなに素晴らしい考えを持って、その国の人から尊敬されていても、英語ができない人間としゃべったとき、こいつは本当に大丈夫なのか、と思ってしまうから」と言われたと語る。
  • 織田秀明氏(ボッシュ株式会社取締役社長)- 英語の上達には、積極的に人と話し合いをして、コミュニケーションを学ぶことが必要と指摘。「英語だけ学んだってしょうがないんですよ…もっと言えば、言葉なんてうまくなる必要はなくて、コミュニケーションこそ、できないといけないんです。それこそ、誤解を生み出すかもしれないと思ったなら、できるだけしゃべらないほうがいいんです。言葉は少なくする。その分、ハートを使う。一生懸命、説明しようとすれば、心は伝わるんです」
  • 織畠潤一氏(シーメンス・ジャパン株式会社代表取締役社長兼CEO)- 「コミュニケーションというのは、一度伝えたから、すぐに通じるものではないんです。どの国のどんな組織のリーダーたちも、みんな手を替え品を替え、必死で取り組んでいるんです」「グローバルだからこそ、日本のことをちゃんと知っておく必要がある…日本人が英語でしゃべるからこそ、日本のことを理解しておかないといけない」
  • 小出伸一氏(日本ヒューレット・パッカード株式会社代表取締役) - 「グローバルな会社にいると世界が良くわかる。日本は極めて厳しい見方をされています」小出氏によれば、海外からみた日本はマイナス成長、他に例のないデフレの国で市場は大きくならず、製造コストも不動産コストも人件費も高く、それでいて品質に対する要求が高いからテストを重ねてお金がかかる、加えて高い法人税も取られる、そうすると、そのような国に投資してよいか、と全世界が思っている。英語ができれば、日本人もそれを肌で感じることができるようになる、それは日本に間違いなくプラスになるという。
  • 小出寛子氏(パルファン・クリスチャン・ディオール・ジャポン株式会社代表取締役社長)- 外国人の中での会議で議論に割り込むため、発言の際には開き直って手を挙げるとか、事前に会議をファシリテートしている人や最もポジションの高い人のそばに座ったりなど、発言の機会を確保するために工夫することも多かったとのこと。また、「英語国民はストレート、嫌なものはノーと言う、というイメージは間違っています」と指摘。ちゃんと気を遣い、相手の状況を理解した上で発言することが大切という。日本語でのコミュニケーションと同じで、引くところは引きながら、建設的にwin-winの関係を作り上げることを意識する必要があると強調。なお、(井上氏と同様、)社内で会議の主宰やプレゼンテーション、リーダーシップのために充実したトレーニングを受けたという。
  • 須原清貴氏(フェデックスキンコース・ジャパン株式会社代表取締役)「グローバルに生きるためのチケットが英語です。しかし、グローバルで生きるためには、むしろ日本を知ることが大切になると僕は思っています」
  • 外池徹氏(アメリカンファミリー生命保険会社代表者)- 英語にも仕事の場にふさわしい丁寧な言葉づかいや状況に合わせた言葉の変化があるので、ネイティブに近づこうとするのではなく、まずは、教科書にあるような、きちんとした普通の英語を話すことが大切と指摘。 そして、日本人は日本に関する理解と知識が必須だとした上で、グローバルコミュニケーションで大切なのは色々な価値を理解する柔軟性であり、先入観にとらわれないことだという。
  • 鳥居正男氏(ベーリンガーインゲルハイムジャパン株式会社代表取締役)- 英語にも礼儀作法があり、反対意見を言うときにはまず相手の発言に配慮する必要があると指摘。「メールを見ても、外国の人たちはとても配慮します。強い反対意見であった場合でも、とてもマイルドに書いてくる。前後をやさしく包んでいる。そういう配慮が必要」という。また、英語はツールであって、重要なことは何を話すかであり、日本人として日本の教養をしっかり理解しておくことが大切と強調。
  • 程近智氏(アクセンチュア株式会社代表取締役)- 英語力だけではない、付随するコミュニケーション力が必要として、一例として根回しを挙げる。「外資系でも根回しはちゃんとあるんですよ。事前に報告しておいたほうがいいことは、あるに決まって いるわけです。また、会議の後にはしっかりフォローする。メールなり、電話なり、レターでもいい。フォローされれば、受け手は安心します」アジアの人間なら、英語力とそれに付随するコミュニケーション力がとても大事であり、とにかく英語がうまくしゃべれればいい、ではないと強調。

米国テクノロジー企業のインハウス弁護士採用・育成事情

米国企業法務の業界誌である Corporate Counsel に、テクノロジー企業のインハウス弁護士の採用事情を取り上げた記事があった。標題からして華々しい社名が登場し、現職インハウス弁護士へのインタビューを元に構成され、内容もとても興味深い。

自らの備忘メモと同時に、この辺りの情報は日本語ではあまり得られないだろうから、ここに少しばかり共有。まずは、各社の陣容。

  • IBM の法務部門は、米国の弁護士が250人、海外の弁護士も同数の250人。Google の法務部門は、米国の弁護士が300人弱、これに対して海外の弁護士は110人程度。Microsoft の法務部門は、米国の弁護士が400人弱、海外の弁護士が170人程度。
  • 弁護士総数でみると、Google で400人超、IBM で500人程度、Microsoft に至っては560人超。

これだけの規模となると正直ピンとこないが、日本でいえば、最大の法律事務所である、西村あさひ法律事務所の弁護士数が470人。したがって、それと同等以上の規模の法務部門が社内に存在していることになる。

ここで、個別の企業の状況に移る。まずはIBMから。

  • 2006年にIBMに入社した General Counsel の Bob Weber は、他企業では絶対に避けるべきと考えられている、ロースクール出たて弁護士の採用を開始した。最初からIBMの弁護士として訓練したいという理由と、適任の弁護士を中途採用するより給与面で合理的であるという理由から。
  • 新卒の弁護士は、司法試験後に本社で数日のオリエンテーションを行い、ミシガン州ランシングの教育センターで業務を開始。実際の仕事をあてがって学習させる一方、メンターがつき、多くの公式のトレーニングの他に、法務部と法分野をカバーするオンライン講座もある。新卒は、18ヶ月から24ヶ月をミシガンのセンターで過ごした後、職場に配属されるという。

これはけっこうな驚きで、米国では、ロースクール卒の新卒を体系的・継続的に採用し続けている企業はきわめて稀だろうし、それも24ヶ月の訓練期間(!)となると、もはや日本企業並みの長期的視野で育成を行っているともいえる。最先端のテクノロジー業界ではわずか数年で他の職場に転職していく雰囲気すらあり得るだろうから、さすがは重厚な歴史をもつIBMと思わざるを得ない。

IBM法務部に関するもう一つの驚きは、その独特の国際感覚。先に記載した人数の点でも、IBM の海外重視の姿勢が目立つが、さらに、

  • 2003年に入社したPeyrona Useroは、当時、スペイン、スウェーデン、フランスおよびイタリアのIBM弁護士による採用面接を受け、現在では、スペイン、ポルトガルギリシャおよびイスラエルの弁護士の上司として、マドリッドで勤務している。
  • 米国外の教育センターは、欧州のダブリンの他に、バンガロールシドニーにある。アジアでは様々な理由により人材採用が困難であるので、良質のロースクールがあり人材に恵まれたオーストラリアで採用・教育訓練を行った上で、これをアジア各地に送り出す。
  • こうした海外異動の例は豊富にあり、上海に駐在していた成長市場担当の法務責任者が今や米国に転じてグローバル・コンプライアンス責任者に異動し、インドのインハウス弁護士をアフリカに派遣し、中国の法務責任者が日本の法務責任者に異動したという。
  • もちろん、こうした取り組みがうまく行かない場合もある。そういう場合はクビにせず、会社側の責任として、当人には他の仕事を与える。

三番目の海外異動の点は、新卒採用以上に驚きがある。全世界に展開するグローバル企業であっても、法務の場合、本社幹部候補生が海外法人で経験を積むケースを除き、上海から米国、インドからアフリカ、中国から日本といった、海外法人間で異なる法域をまたいで異動を行うケースは稀ではないだろうか。IBMの管理職として経験を積んでチームマネジメント能力に秀でた人物であれば、部下をきちんと生かせるので、法域が異なっても問題ないという判断なのかもしれないし、あるいは、詳細な個別の法律知識よりもIBM事業への理解度・IBM流の法務への親和性を大切にしているのかもしれないが、一般には、法域が異なれば、今までの知見を生かすことは簡単ではない。

さて、これだけIBMの記事内容が特徴的で印象的だと、次に続くのはなかなか難しいが、 Google。ざっくりまとめると、

  • 採用には時間を要する。上司であり採用権限を有するマネジャーが、必ずしも即断して要員を補充できる訳ではない。候補者がどれほどの潜在力を持っているかを多くの人がみていく。
  • 法務部門が社内トレーニングを正式に整備し始めたのは、わずか数年前。(かつては少人数のチームだったので、社内のインフォーマルな議論による様々な学びがあったが、現在では規模が大きくなり、情報伝達はオンラインでなされ、以前のような共有が困難となってきたから。)
  • トレーニング・セッションは、Googleについて知るためのものから、特定の法分野をカバーするものなど、多岐にわたる。シニア・カウンセルによる個別のセッションもあり、弁護士会の継続研修の単位が認められるものもある。公式のメンター・プログラムも導入されており、各自のキャリア発展を考慮している。

 最後に、ソフトウェアの巨人 Microsoft から。

  • 面接では、仮想事例をもとに、実際の会議さながらに、質問者がホワイト・ボードに図を描いて技術を説明し、インハウス弁護士としてどう対応するかをみることもある。
  • インハウスの採用は、半分が法律事務所からで、残りの半分が他の組織(その8割は他の企業、2割が政府・規制当局)から。General Counsel によれば、転職者の弁護士が持ち込む、他所の組織運営に関する知識・経験から学ぶこともあるという。
  • 社内トレーニングは高度に組織化され、教材はマイクロソフトの企業理念から、法務部門がどのように運営されているかといった細部までカバーする。
  • レッドモンド本社では、多くのライブのセッションが設定され、General Counsel のBrad Smith による中途入社弁護士との少人数のランチの機会もある。海外子会社の弁護士には、global all-hands の際にGCとの朝食の機会が設けられている。
  • 中途入社の弁護士が身につけなければならない事項は多岐にわたるが、近年、会社全体がソフトウェアからサービス・デバイス企業に転換しつつあり、在職者にも、それに応じた能力開発プログラムが用意されている。そのプログラムの修了には1年ほど要するという。

GoogleMicrosoftも、規模の拡大に伴って内部での教育・育成・キャリア開発の重要性を強く意識しているようで、また、それを可能とするだけの潤沢な資金・人材を有していることも伺われる。

英語の冠詞と名詞の単複

ノン・ネイティブには、英語の冠詞や名詞の単複はなかなか難しい。会話であれメールであれ、頻繁に迷うし、気付かずに誤った用法で誤解を招く言い方をしているだろうと思う。一説によると、日本人の英語の書き言葉の文法ミスでは、第1位が the であり、第3位が不定冠詞 a という。

先週、海外に出かけた往復の機内で、その辺りの本を幾つか読んだので、備忘がてら少し紹介したい。

マーク・ピーターセン著『日本人の英語』

言わずと知れた、日本人英語学習者にとっての名著。特に冠詞に焦点をあてた本ではないが、「日本人の英文のミスの中で、意思伝達上大きな障害と思われるもの」の筆頭として、「冠詞と数、a、the、複数、単数などの意識の問題」を挙げており、これらの説明に最初の50ページを費やしている。

この本の素晴らしいのは、日本人英語学習者の文法的な間違いが、どういう語感をネイティブ・スピーカーに与えてしまうか、とても分かり易く示している点だろう。例えば、不定冠詞に関しては、chicken (鶏肉)と a chicken (ある1羽の鶏)の意味の違いを取り上げ、"I ate a chicken." という文章は「血と羽だらけの口元に微笑を浮かべながら、ふくらんだ腹を満足そうに撫でている」という情景さえ与えかねないという。また、定冠詞に関しては、日本人の英語には余分な the が多いという。冒頭を the international understanding is ... で始めたエッセイでは、読者はいらいらして What international understanding? と尋ねずにはいられないとのことである。この辺りの感覚は、日本の英語学習書ではあまり触れられない。この本が長年にわたるベスト・セラーというのも、なるほど頷ける。

次に、文法の背景にある a や the をつける意図を丁寧に説明している点もありがたい。例えば、the United States や the Mississippi River に関して、

U.S.A. に the がつくのは固有名詞だから、あるいは国名だからではなく、普通名詞の states があるからである。The Mississippi River も同じである。川の名前だからではなく、普通名詞の river があるから the がつくのである。

とか、 the doing of 名詞と doing 名詞の違いに関して、"He is interested in the painting of pictures." と "He is interested in painting pictures." という例文を挙げつつ

前者の場合は、of pictures の of があるから、painting と pictures の関係が修飾関係である。つまり、どの painting かというと、painting of pictures である。要するに、これは house painting(家のペンキ塗り)ではなく、pictures painting(絵を描くこと)だと述べており、of pictures が painting の意味の範囲を限定している。それに対して後者の場合は、pictures が painting の「目的」に過ぎず、修飾関係ではないので、 十分な限定にならないのである。

という。

ピーターセン氏は、よほど日本人の冠詞や単複の間違いが気になるようで、続編である『続日本人の英語』でも、やはり最初の50ページほどをこの分野に費やしているし、さらに続編である『実践日本人の英語』でも、所有格も加えつつ、前半で30ページほどを同じようなテーマに費やしている。

石田秀雄著『これならわかる!英語冠詞トレーニング』

マーク・ピーターセン氏の著書は、感覚的な部分に踏み込んで説明しており、この点で、類する日本語の書籍は他に見当たらないように思う。英語のネイティブ・スピーカーでありながら、日本語にも相当秀でている人ならではである。しかし、いかんせん網羅的ではない。日本人話者は、数をこなす必要があり、他の学習書で補充する必要がありそうだ。

この本は、Amazonのカスタマー・レビューが非常によいので購入したが、確かに丁寧で分かり易く、かつ幅広いルールと使い方を説明している。読後は何となく分かった気になる。そして、残念ながら、実際はそれでもあまり良く分かってないので、少しばかり数をこなして英語の単複と冠詞に慣れる必要があるかもしれないと思ったときに、次の本も役に立ちそうである。

ジェームス・バーダマン著『 3つの基本ルール+αで英語の冠詞はここまで簡単になる』

ネイティブ精選192問というキャッチ・フレーズで、ひたすら問題をやりながら、関連する a、the、無冠詞のルールをみていくという、どこか受験勉強を思い出させる学習書…ただ、今回読んだ中で、精度を上げていくのにもっとも有効かもしれない。

この分野、冠詞や単複のない日本語を母語とする人に簡単に理解できる訳はないし、ましてや、話したり書いたりする際にすぐに正しく使用できるようになる訳はない。とすると、学習書を読んで用法を理解しただけでは全く足らず、結局、たくさんの用例をみて、地道に少しずつ精度を上げていくよりないだろう。この本は、その場面で自分だったらどう言うかを問題演習の形でみていくことになるので、練習として有益。

ここで、備忘のため、日本を訪れた人を案内するときに使いそうな言葉の冠詞を、一通りメモ。

  • 湖には the を付けない。湾の名前は、固有名詞に Bay を付けるときには Tokyo Bay のように the を付けないが、the Bay of 固有名詞 の場合は the が付く。湖と湾以外の水域や港は通常、 the を付けて the Pacific Ocean、the Port of Kobe とする。
  • 空港や駅は the を付けずに Haneda Airport や Tokyo Station、これに対して鉄道や路線の名前には the を付けて the Yamanote Line とか the Shinkansen。
  • 大規模な建造物にはthe Empire State Buildingというように the が付くが、地名で始まる名詞の場合は Tokyo Tower のように無冠詞。ホテル名には the を付けて the Hilton。博物館、美術館、劇場、図書館名も、the Tokyo National Museum のように the が付く。
  • 大学は、University of で始まる場合は the University of Tokyo のように the が付くが、 Kyoto University のように University が最後に来る大学名には冠詞が付かない。

A Manual of Style for Contract Drafting

最後に弁護士・法務部員向けとして、英語学習書では全くないが、手元にあるこの本によれば、契約書では、抽象的な意味の名詞の前に筋違いの the が散見されるそうである(400ページご参照)。

幾つか例が挙げられているが、

  • upon the satisfaction of the conditions stated in section 4.2
  • with respect to the execution and delivery of borrowing notices
  • for the purposes of calculating consolidated EBITDA for any period for four consecutive fiscal quarters

の取消線付きの the は、いずれもそういった the と説明されている。(そうすると、ピーターセン氏の願いには反してしまうが、英語ネイティブの弁護士の間で、こういう the が氾濫しているのであれば、契約書の場合、迷ったら the を付けるというのも一つの現実的な対応かもしれない…)

米国のスタートアップと社内弁護士

TechCrunch に Why Startups Hire Their Own Lawyers という記事があった。

ここでの their own laywers というのは企業内弁護士のこと。Foursquare や Zendesk、Kickstarter といった著名スタートアップを含む、多くのスタートアップ General Counsel (法務責任者)へのインタビューを元にして書かれたもの。

日本語の翻訳記事が見当たらないので、ここにポイントをかいつまんでご紹介。

  • 最初のインハウスの雇用:好ましい弁護士像は、4年から10年ほど実務経験があり、スタートアップを依頼者とする、幅広い分野の企業法務を経験している弁護士。これに対し、いつ弁護士を雇うべきかは必ずしも明確ではない。法律事務所の請求額が30万ドルを超えた頃という者もいるし、会社の規模を挙げる者もいる。
  • スピード重視:概ね正しいであろう今日の回答は、明日のきちんとした回答に勝る。多くのスタートアップのGCは、直感の重要性を強調。
  • ツール:"Google is great. Friends are better" ある弁護士は、いまや回答はインターネット上で見つけられる、むしろ、決定すべき事項はそれを探す時間を費やすべきかだ、という。他のGCとつくるネットワークを挙げる者もいる。訴訟はすべて外注、割ける時間や経験が限定される事案も、法律事務所の助けを得る。
  • CEO との関係:単に no というだけでは、そのうち会話にも入れなくなる、no という言葉をボキャブラリーから除いている GC さえいる。また、ある GC は、法的助言を顧客というフィルターにかけるという。「彼はお客の動向を読んでいる」という社内評が得られたなら、法的助言も持ち出し易いと。

これが日本の法律事務所に参考になるかというと「?」だし、インターネット業界のスタートアップの話なので、企業内弁護士でも、業界や企業の発展段階によって環境は千差万別だろうけど、誕生・躍進・衰退のサイクルがとても早い業界で、しかも最も初期の段階を過ごしている GC の実感として貴重な資料。内容も、とても興味深い。