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感想:『競争戦略としてのグローバルルール - 世界市場で勝つ企業の秘訣』

この本の著者の藤井敏彦氏は、通産省入省後、ヨーロッパで日系ビジネス協議会事務局長としてロビイングに従事、また、WTO等で交渉官を務め、多くの国際的なルールづくりに日本側代表として関与された方。

藤井氏は、この本で、ルールを巡る国際交渉での力学と私たち日本が理解すべき戦い方を丁寧に説明する一方、欧米と日本のルールに対する捉え方の違いに関しても、貴重な指摘をされている。日頃から感じつつも、自分の中で必ずしも言語化されていなかったモヤモヤとした部分がスッキリした気分。以下、5点ほど特に印象に残った点を紹介しつつ、感想を書き留めた。

1. 金科玉条になりがちな日本のルール

藤井氏は、日本の法令遵守を杓子定規であると指摘する。

現場は「ルールはルール」と現状を与件として受け入れる。「このルールはそもそも要らないのではないか」といった発想はなかなか出てこない。「日本では『ルール』は金科玉条になりがち」である

弁護士が「金科玉条」とか「杓子定規」といった言い方をするのは、あまり推奨されないかもしれない。ただ、日本では、一般的に、大所高所からの優先順位付けや価値判断はそれほど重視されず、とにかく細部まで徹底的に磨きをかけようという傾向がある。もちろん、多くの場合において悪いことではないが、そうした価値観が法令遵守という文脈で行き過ぎてしまうと、こと新しい分野で未知の問題に取り組むときには、良くないほうに働くことが多い。

法曹界の総元締の視点からしても、日本のルールの「墨守」は気になったようで、矢口元最高裁長官は、

と述べている。外界の進化が著しい時代だからこそ、この傾向の行き過ぎはとても気になるところである。

対照的に、欧州はどうであろうか。

ヨーロッパにおいては法が施行されたからといって、即座に遵守されることが必ずしも前提とされないことがあるのだ。日本の常識からは考えられないことだが…このようなある意味でルールに関する「のりしろ」のある発想は、(われわれには理解しづらい)ヨーロッパの1つの特徴である。

この本には欧州での実例も示されているが、守れない規制は新しく制定されたとしても放っておこうという発想はなかなか衝撃的である。欧州でも、当然、全分野横断的にそのようなやり方が許容されるという訳ではないだろう。ルールの設定に参加したものに共有されている暗黙の了解と、それをもとにしたリスク分析あってのことと思われる。

日本でも、似たようなものとして、道路交通法の速度超過規制では、道路の実情に鑑みて守れないレベルの徹底的な遵守はやらない、少し超えていてもあまり目くじらをたてない、という発想がありそうだ。しかし、古くからある法令が時代に対応していない場合と違い、新しくできる規制に対してそのような柔軟かつ大胆なアプローチで対抗するのは勇気がいるだろう。

ここで、藤井氏が先輩からいただいたという文章の一節が大変に示唆的である。

海外の政府も企業も市民も『ルールは時々の都合でどうにでもなるものだ』という発想をする。彼らはストライクゾーンを少しかすめる、もしくはギリギリ外れる球を投げる術を心得ている。『ルールは金科玉条である』という文化と、『ルールは時々の都合でどうにでもなるものだ』という文化が競争した場合、後者が有利である。どちらが正しいとか、立派かとか、そういう問題ではない。『われわれ日本人は将来に向けて何をしたいのか』という問題だ。

日本のこうした傾向は、藤井氏が活躍されたようなグローバルでのルール策定の場ではとても不利に働くのだろうし、あるいは、もっと広い一般論として、外界の変動が甚だしい時代には、政府や企業や市民がどうやって変動に適応していくかという文脈でも、国全体に不利に働くように思えてならない。

2. 些細な法令違反でのバッシング

さらに、藤井氏はこうも言う。

私がどうかと思うのは、ルールの威を借りるかのように、ささいな法令違反をあげつらって企業に馬乗りになってバッシングする風潮である…ルールと聞くと思わずひれ伏す日本人の心理をさらに強めているのではないかと思う。もちろん、法令遵守を呼びかけることは正しいことである。しかし、「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということも、時にはある。

ご指摘のように、日本には、その問題でそこまで炎上する必要があるのだろうか、そこまでバッシングをする必要があるのだろうか、と感じてしまう法令遵守関連の出来事が散見される。もしかしたら、ときには、研究者や法律実務家やメディアが、社会に広く知られていない論点を問題提起するために、まずは声高に激しく主張して、社会的認知を得ようとしているのかもしれない。

しかし、このような法令違反を激しく避難する風潮があると、世間の様子をみつつ物事を進めていきたい伝統的日本企業にとっては、新しい領域で「企業が遵守すべきルールの不明確…のため企業活動は萎縮し、新しいビジネスに踏み込めない」といった声があがりがちである。個人的には、確固たる理念や信念があれば、自社の見解を主張しつつ、ルールの不明確な領域に積極的に踏み込むときがあってもよいと思うが(例として、ドワンゴの受験料制度と厚労省の行政指導)、良くも悪くも、それは日本企業の大勢ではない。「企業に馬乗りになってバッシングする風潮」が前述の「規範の墨守」とあいまって、「外界の進化に順応できない」土壌を作り上げているのかもしれない。

欧州は対照的である。藤井氏は、イギリス政府の例を挙げる。

違反の事実があったとしても、すでに企業側で対処済みで、環境にも市場にも些細な影響しか与えなかった場合、当局は「対応不要」で済ましてしまうのだ。違反は公表されないし、罰則も科されない。「大岡裁き」である。もう少し悪質な違反の場合には、当局が企業に一定の期間までに違反を是正する「改善計画の策定」を求める。ただし、この場合にも公表はされない。イギリス政府は違反を見つけても、必ずしも公表したり罰則を科したりしないのである。

藤井氏は、日本社会の傾向としては、ルールが何のためにあるのかという観点は必ずしも重視されず、遵守か不遵守かという二項対立に基づいて、メディアを巻き込んで社会的制裁が下されると指摘する。そのために、企業側は、往々にして、新しい規制には何であれ断固反対である、という反応を示しがちとなる。

これは否定できないだろう。一例として、現在進行中の個人情報保護法改正の議論では、法改正を主唱する学者側に対して、企業側、とくに企業法務の現場が大変なアレルギーをみせているようである(ビジネスロー・ジャーナル2014年5月号42ページ以下参照)。これも、このような不幸な行き違いが根底に潜んでいるからと思われる。

3. 理念なきルール

こうしてルールに対して愚直で忠実な向き合い方をする日本は、しかしながら、一方で、とても即物的・現実主義的な見方をもつ。悪くいえば、ルールとの関係では、表面的で浅薄なお付き合いを好むところもある。藤井氏は、このように言う。

理念や原則抜きにルールは語りえない。このことは何度繰り返してもしすぎることがないほど大切である。なぜあえてこんなことを言うかといえば、日本がルールづくりを苦手とする理由の1つは、理念や原則を苦手としていることにあるのではないか、理念や原則と対面するとつい目をそらしてしまう国民的性癖にあるの ではないか…日本人は、みずから理念を語ることが面はゆいというだけではなく、人が理念を語るのを聞くと、裏に何かあるのではないかとすぐ勘ぐり始める、とても現実主義的な国民でもある。

これも、よい例なので個人情報保護法の改正に即してみると、ここ数年の流れをみていても、どういう理念に基づいて改正に至ろうとしているのか、必ずしもはっきりしない印象がある。 それは、プライバシー保護の強化なのか、次世代産業創出の基盤整備なのか、国際的協調なのか、少なくとも、大所高所からの理念や大原則が共有されていないように思われる。EUのプライバシーに関する歴史的経緯に基づく理念であるとか、EUが何と言おうと我々はこう考えるというアメリカのような確固たる信念は、どうにもみえにくい。ジュリスト2014年3月号の目次をみると分かり易いが、いきおい日本では、乗降履歴販売であったり、技術検討WGの匿名化の議論であったり、医療データであったり、とかく各論を受けての改正の方向性が議論の中心になりがちである。

大きな理念のないままにルールの細部を詳細に検討する日本式のアプローチは、先に述べた規範の墨守や、大岡裁きの欠如につながり易い。理念というものは、必要と思ったからといってすぐに簡単にできあがるようなシロモノではないが、欠けているなら欠けているなりに、そのことによるマイナス面を意識するだけでも、少しは違うのではないか。

4. 役所に法解釈を聞く日本

これは昔から疑問に思っているところで、法案を所管する官庁が制定時に発表するガイドラインや逐条であればまだしも、何の権限もないのに役所が一つの考え方として解釈の指針を提示するといったことさえある(例えば、民法経産省電子商取引の準則)。これは、弁護士側だから違和感を感じるのかと思っていたが、役所側であった藤井氏が同じように仰るので、その意を強くした。

「ルールの解釈」に関する日本の常識と欧米の常識はずいぶん違う。政府の解釈を欲する日本企業に対し、自分で解釈をする欧米企業。「政府がそう解釈してやれと言うなら、とにかくやります」という日本企業の姿勢は欧米企業の目に信じ難いものと映る。法律の前で企業と政府は対等であると考えるからである。

そもそも欧米で行政当局が法律の解釈の問い合わせに答えること自体まずない。法令はすべての国民がそれぞれ解釈する権利を有しており、解釈を統一できるのは唯一司法であって、行政ではない。この考え方が行政庁の側にも貫徹されているからだ。したがって、担当官庁に問い合わせても、「ご自身で解釈してください」と言われるだけだ。法的にも仮に官庁の解釈に従ったとしても、裁判ではなんら合法性の根拠にならないのだから、聞く意味もない。これが彼の地の常識である。

伝統的に護送船団方式行政指導、政官財の鉄のトライアングルでやってきた名残なのかもしれない。今は、ルールそのものが激しく変わっていくような時代である。また、やってみないことには影響を見定めることも難しいだろう論点もある。そういう時代では、役所側も、適切な回答を事前に提供するのは困難だろう。金融庁のように、現代風の役所では、あまりそういった問い合わせに応じないところもある。そろそろ、役所に事前に法解釈をお伺いする文化を変えていく時期なのかもしれない。

5. 日本のルールのガラパゴス化

最近、個人的にもっとも心配しているところの一つ。藤井氏は、このように言う。

欧米と途上国がルールで結託すればどうなるか。欧米でも途上国でもない国が仲間外れになる。それは日本である。日本は孤島と化しかねない。大きな理由は日本のルールの独自性にある。日本は先進国として当然のこととしてよく発達した、社会的特性を反映した規制体系を有している。そのこと自体はなんら問題ではない。しかし、欧米のルールが多くの途上国を席巻するにつれ、結果的に日本のルールの独自性が際立ってくる。

ただ、これは「結託」という意図的なものというよりも、むしろ、日本の中途半端な立ち位置ゆえと思われる。つまり、日本は残念ながら他から参照されるくらい影響力のある先進国ではない一方、独自性を捨て去って他を模倣しなければならないほどに落ちぶれている訳でもない。したがって、どうしても世界の流れの輪から外れ易い微妙な場所にいる。

また、「独自性が際立ってくる」のであればまだよいのだが、日本でのルールは全くといっていいほど英語やその他の外国語で発信されていないものだから、そもそも、世界中の誰もが日本のルールは知らないというのが実情だろう。そこで藤井氏はこのように言うのだが、

日本の顧客にとらわれて世界市場で通用しない過剰スペックな製品ばかりつくってしまうことを「ガラパゴス」現象と呼ぶ。同様に国内ルールだけを見て いると海外ルールに適応できず、国内に閉じ込められる。海外のルール作りに積極的に参加して日本と海外市場を結ぶ橋を架けなければならない。さもなくば 「ルールのガラパゴス」に閉じ込められてしまう。

ただ、これは、実際には至難の技であり、言語とコミュニケーション能力の壁は深刻である。日本に住んで日本語でルールを議論しつつ、海外の文献を読み動向を把握しようという程度では、本当の意味での架け橋になるのは難しいのかもしれない。藤井氏のように現地でどっぷりと漬からないかぎり、海外で実際に起きていることを深いレベルでは把握しきれないだろうし、そのレベルのコミュニケーション能力がないと、本当は日本が行おうとしてることを海外にきちんと発信できないのではないか。

となるとどうすればよいか、よい例なので、再び個人情報保護法改正に関していうと、本当にグローバル化と国際的調和に対応する見直しを狙うのなら、一つの極論だが、明治初期のお雇外国人のように欧米から多数の実務家と研究者をどんどん招聘して雇用し、政府の検討会にどっぷり関与させたらよいと思う。海外とのコミュニケーションの断絶ぶりを思うとあまりにも現実感がないけれど(笑)、必ずや、今の規制環境の閉塞感を打破することができるだろうし、日本側での学びも多いと思われる。

追伸 途中から、個人情報保護法改正の例が多くなってしまいましたが、それはあくまで最近のホット・トピックゆえに例として挙げ易いからであって、必ずしも、現在なされている議論に強く物申したいという訳でもありません。。。

プロバイダ責任制限法とCDA/DMCAにみる日米デジタル法制の違いとScalability

日本にはプロバイダ責任制限法という法律があり、インターネット上のユーザーの権利侵害行為とインターネット・サービス・プロバイダーの責任の関係について、一定のルールを定めている。ざっくり実務的に言うと、「責任制限法」の名をとりつつも、著作権侵害であれ、名誉やプライバシーその他の権利侵害行為であれ、ユーザーの権利侵害行為に関して、「他人の権利が侵害されていることを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき」には、インターネット・サービス・プロバイダーは免責されない。また、権利侵害が明白である場合は、インターネット・サービス・プロバイダーに対して発信者情報開示請求が生じる。

この仕組みはときに「曖昧」と評され(福井健策弁護士の「ネットの自由」vs.著作権85頁など)、また、現場で実務運用にあたる側からは、発信情報の経緯も背景も分からないインターネット・サービス・プロバイダーが権利侵害の判断をするのは困難との声も上がっている(代表的なものとして、別所直哉「プロバイダにおける対応状況③-実務運用の実態と実務からみた長期的課題」堀部ほか『プロバイダ責任制限法 実務と理論 - 施行10年の軌跡と展望』61頁)。しかしながら、業界関係者の心血を注ぐ努力によって分厚いガイドラインも作成され、人手をかけた審査と(必要であれば)インターネット・サービス・プロバイダーを名宛人とする法的手続きを採ることによって、個別事案ごとに判断を行い、被害者救済と表現の自由のバランスを図ろうという流れが整備されてきた。現場での職人的な努力によって一つ一つ対応していこうという、とても日本的、あるいは、ある種の製造業的な香りさえ感じることがある。

これに対して、米国の流儀はかなり異なる。まず、著作権侵害に関しては、DMCAという法律の下、ノーティス・アンド・テイクダウンという制度をとっている。ざっくり言うと、インターネット・サービス・プロバイダーは、権利者から著作権侵害の通知がきた場合にはこれに応じて削除すれば免責され、その後、ユーザーが削除措置に対して異議をとなえればこれを復活させるという仕組みである。日本に比べて、似て非なる、明確なルールであるとも評される。

次に、その他の権利侵害に関しては、CDAという法律が、インターネット・サービス・プロバイダーに対して幅広い免責を付与している。また、ユーザーにより権利侵害されたと主張する側は、(プロバイダーではなく)発信者に対して匿名訴訟を提起する。その手続きの中で、必要であれば裁判所がsubpoenaを発して匿名者情報を照会し、インターネット・サービス・プロバイダーはこれに対応する。

米国の両制度は、権利擁護と表現の自由保護のバランスの取り方で著作権とそれ以外に関して方向性を異にしており、なぜ著作権だけ特別扱いなのだという疑問が生じる。しかし、インターネット・サービス・プロバイダーにとっての明確性と手続きの安定性は、プロバイダ責任制限法と比べると、ともに大変に高いレベルにある。

さらに、より重要な点として、インターネットの世界にはscalableという発想があるが、この観点から判断すれば、米国の両制度に軍配があがりそうである。あるインターネットのサービスにユーザーが数十万人、数百万人しかいないのであれば、日本のプロバイダ責任制限法の個別審査を前提とするやり方でも対応できるだろう。そして、多大な労力をつぎ込む反面、米国型よりも、総体としてより妥当な結果を達成できるかもしれない。しかし、ユーザー数が数千万人規模になると、上場後の大企業であっても、人員と内部手続きの整備で、現場対応は本当に大変だろう。まして、法務どころか管理部門要員すらほとんどいないスタートアップ企業には不可能であるし、また、ユーザー数が数億人、10億人超となれば、巨大企業でさえ、現場対応は困難を極めるであろう。

反対に、米国型の強みは、ユーザー数が数千万人、数億人、10億人超となったときに、比例的コスト増を避けつつも、総体としては、それなりの結果を達成できるところにある。この下線部が、まさにscalableということである。実務上不可能である、比例的なコスト増を嫌うインターネットの世界の発想と、実に整合的である。

もちろん、この分野の法制度が、彼我の差を生じさせたというつもりはない。しかし、プロ責法の流儀で、ユーザー数が数億人のインターネットのサービスを運営できるかというと、どうだろうか…。あるいは、例えば、Instagramは、facebookに買収された時点で、従業員10人少し、売り上げはほぼゼロでありながら、ユーザー数が3000万人程度だったと言われるが、そのようなメガ・スタートアップの存在とプロ責法の流儀は、どこかで相容れないものなのかもしれない。

英文作成の技法・文献紹介:The Science of Scientific Writing

英文作成の技法を説明した The Science of Scientific Writingという記事を見つけたので、備忘のためにメモ。著者の一人 George D. Gopen は、Duke Universityの英文学の Associate Professor である一方、同大学の文章作成プログラムの運営責任者を務めるが、同氏は Havard Law School を卒業した法学士でもある。もともとネイティブの科学研究者向けの記事ではあるものの、ノン・ネイティブの弁護士にも有益
 
  • まずは、主語と動詞の関係。
    Readers expect a grammatical subject to be followed immediately by the verb. Anything of length that intervenes between subject and verb is read as an interruption, and therefore as something of lesser importance.
    読者は、主語の直後に動詞が続く文章を読み易いと感じる一方、主語と動詞の間に入る記述を読み取りの障害と認識しがちであるという。
    長大な主語を用いることの少ない日本語話者にとって、比較的、馴染みやすいルールである。私たちにとっては、聞き取りの場面で、主語が長い一文や主語の直後に動詞が続かない一文があると、内容把握が困難であることが多い。ネイティブ・スピーカーが英文を読む場合であっても同様ということだろう。
    この原則を説明する英文自体に Anything of length that intervenes between subject and verb という比較的長く感じられる主語が入っているのはご愛嬌。。

  • ストレス・ポジション
    It is a linguistic commonplace that readers naturally emphasize the material that arrives at the end of a sentence. We refer to that location as a "stress position." If a writer is consciously aware of this tendency, she can arrange for the emphatic information to appear at the moment the reader is naturally exerting the greatest reading emphasis.
    読者は文章の末尾を「ストレス・ポジション」として重要な情報が置かれる場所と受けとめる傾向があり、強調したい情報を末尾に置くことで、読者に対して強調したい事柄を自然に伝えることができるという。
    あまり意識していなかったが、薄い言葉を末尾に置いて文章を終えた際に、落ち着かなかったことはある。文末には、時を表す語句を入れたり、under the Japanese regulations といった副詞句を入れることも多いので、常に末尾に強調したい情報を入れるのは難しいが、参考になる。

  • トピック・ポジション
    The information that begins a sentence establishes for the reader a perspective for viewing the sentence as a unit: Readers expect a unit of discourse to be a story about whoever shows up first. ... Readers also expect the material occupying the topic position to provide them with linkage (looking backward) and context (looking forward).
    読者は、一文の冒頭「トピック・ポジション」に登場する情報によって、その一文を一つの固まりとして捉える傾向があり、また、「トピック・ポジション」に登場する情報が以前の情報と繋がることを期待しているという。これは、日本語であっても、論理的なつながりを意識して書こうとすると、似たような傾向があって馴染みやすい。

  • 新情報と旧情報の位置
    When new information is important enough to receive emphasis, it functions best in the stress position. When old information consistently arrives in the topic position, it helps readers to construct the logical flow of the argument: It focuses attention on one particular strand of the discussion, both harkening backward and leaning forward.
    新しい情報が重要であれば、 ストレス・ポジションに置いて強調するべきであるし、古い情報がトピック・ポジションに登場してそれ以前の文章と連関していれば、読者は論理的な流れを理解することができるという。

  • 動詞の活用で文章構造を明確に
    Readers expect the action of a sentence to be articulated by the verb. ... If the actions are not to be found in the verbs, then we as readers have not secondary structural clues for where to locate them.
    英語の動詞は、無生物主語の構文のように、日本語にない英語特有の表現がある印象。したがって、心掛けようとしても意外に難しいが、前回のブログ記事で触れた the program will involve a moderately high degree of risk といった英語的な言い回しが良い例で、こうした英語的な言い回しのストックを着実に増やていくべきだろう。

これらのうち、新情報と旧情報の位置に関しては、NASAジェット推進研究所に勤務する小野雅裕氏の続・英語下手が英語圏で勝ち抜く策 MITの試行錯誤で見つけた、英語力の磨き方(下)という記事に説明がある。また、実際にこれらの原則を当てはめて科学論文を添削したサンプルが幾つか The Science of Scientific Writing に載っているので、ご興味のある方はこの原典にあたられるとよいかもしれない。

弁護士の英語 - 法的な検討編

dtkさんの英語の電子メールで使えそうな表現のメモ : dtk's blog (ver.3) を読みました。私も弁護士登録以来、ずっとそのようにして英文メールのストックを増やそうとしてきました。これは、程度の差はあれ、日本の会社の新卒が職場の先輩の日本語の業務文書をみてビジネスで用いる日本語の表現を覚えていくのと同じ過程だと思います。

で、ふと思い立って、弁護士の使う英語の言い回しのうち、法的な検討をする際に使う表現を少しメモしました。いずれも当然ながら私の書きおろしではなく、おおもとの米国人弁護士の英語があって、固有名詞等を削除しつつ一般的な表現にしたたものです。日本企業の法務部の方々は読むことは多くても、こうしたことを書く機会はさほどないかもしれません。が、もしかしたら、国内渉外事務所の若い弁護士の方々には、多少参考になるかもしれません。

  • 法律や契約中のある概念への該当性を述べる表現。XXXが法令や契約中の定義・概念、AAAが現在議論の対象となっている事項です。
        This definition likely encompasses AAA.
        AAA is unlikely to be categorized as "XXX" under the regulations.
        The term "XXX" is more commonly used, and it generally is construed broadly to include AAA activities.
        It is [more likely/more unlikely] that AAA will be treated as a XXX.
        AAA is "XXX" within the meaning of the regulations. Therefore, all restrictions that apply to XXX under the regulations apply equally to AAA.
        AAA will be considered XXX and will require prior express written consent.

  • 法的リスクの大小やリスクを緩和する方法について触れる表現。
        While the company can likely mitigate most risk under the regulations by implementing CCC restrictions in BBB service, the AAA program will involve a moderately high degree of risk.

  • 改正法によって要求される事項に触れる表現。
        Under the new regulations that went into effect on January 26, 2014, any AAA that includes ... requires the following.

  • 論点を検討するにあたり、重要となる要素を述べる表現。
        When evaluating the issue of whether equipment is an XXX, courts focus on whether the equipment has the capacity to ... 
        In determining whether a patent claims an unpatentable abstract idea or a patentable application of the idea, the Court has looked to the generality and breadth of a patent claim ...
        To cross the line from an unpatentable abstract idea to a patentable application, a patent claim must contain other elements or a combination of elements, sometimes referred to as an inventive concept.

  • 裁判所が「判示した」というときの表現
        The Federal Circuit also held that defendants must prove patent ineligibility by clear-and-convincing evidence.

  • 「意見を示した」というときの表現
        Some Federal Circuit judges have opined that whether a patent claim contains an “inventive concept” is irrelevant to Section 101.

  • 裁判所が事実を「認定する」というときの表現
        The court will probably find that the claimant has failed to state a cause of action for breach of contract because ...

  • 弁護士が意見や法的分析を述べる際の前提事実に関して確認するときの表現。少し重々しい感じで法律事務所のメモに登場するが、「理解が違っていたら教えて下さい」という意味の後半の一文は、似た形ではカジュアルなメールにも散見されるかも。
        This analysis is based on the following understanding of the BBB service. Please contact us if this understanding is incorrect or has changed.

「法的な検討編」とつけてますので気が向いたら続編を投稿するかもしれませんが、こんなニッチな世界、誰が興味をもつだろうという思いもあり…

感想:小田滋『国際法の現場から』

海洋法の世界的な権威であり、3期27年という長期にわたって国際司法裁判所の判事を務めた小田滋氏。この本は、小田氏がその生涯を率直に綴る自伝。日本人の法律家で、これほどまでダイナミックかつ世界的に活躍した例があったとは、恥ずかしながら全く知らず、惹き込まれるようにして一気に読み終えた。

少しご紹介すると、小田氏は、東北大学の専任講師として研究生活を始めたが、マッカーサーの占領下、幸運にも留学の機会を得る。新婚の妻を日本に残し、毛布一枚と小さなスーツケースのみで軍用船に乗り込んで単身渡米。当初は英語もおぼつかないどころか、教科書や教材を買うお金も持たない身から始め、Yale Law Schoolで予定を延長して学び、そこで海洋法の重要性、なかでも海洋資源という問題に気づく。小田氏は、持ち前の物怖じしない性格で欧米に知己を増やしつつ、帰国後は、Yaleで構想を練った、領海論を資源との関係で考察した2通の英文の論文によって、先駆者として一気に国内のみならず世界的に広く認識されるようになる。

私たちの世代の留学がいかに恵まれているか実感するとともに、いくら国際法という分野とはいえ、日本人の法律家が若くして世界的に知られるということは容易ではないだろう。そう思うと、ここまでで十分過ぎるほど規格外かもしれない。

しかし、その後の飛翔がさらに凄い。国際機関で数々の海洋法関連の会議に参加して経験を積んだ小田氏は、43歳のときに、国際司法裁判所に係属したデンマーク・オランダ対西ドイツの北海大陸棚事件において、その若さにもかかわらず、西ドイツ政府から首席補佐人としての協力を求められる。西ドイツに勝ち目はないという噂が流れる中、独自の大陸棚ファサード理論をどのように提示して西ドイツ政府の付託に応えるか、小田氏は重圧の中、国際司法裁判所のあるオランダ、ハーグに飛ぶ。

焦燥と不安にさいなまれた私は、10月17日北極まわりのドイツ航空で東京を発った。コペンハーゲンで乗り換えたSASは北海の上空を飛ぶ。窓外に見下ろしながら、この境界が私の肩にかかっているという重圧である。

(中略)

21日朝ホテルの食堂でイェニケ教授とボン大学のショイナー教授に会った。西ドイツ側チームはイェニケを訴訟代理人、小田を補佐人(首席弁護人)として、以下ボン大学のショイナー、キール大学のメンツェル教授、その他外務省の参事官などすべてドイツ人、ただ一人ドイツ語をネィチィヴのように操るアメリカの弁護士、未だようやく44歳の誕生日を迎えたばかりの唯一の異邦人の私にかかる精神的プレッシャーは誰もが理解してくれると思う。

この日の午前から始まった打合せ会議で、西ドイツ側の口頭弁論に立つのはイェニケと私の二人だけと知らされた。それから数日間の死に物狂いの生活は私の一生で最も強烈な、そうして鮮明な記憶として残る。いつ日が暮れて、いつ朝が明けるかも気がつかない。食事も部屋に取り寄せ、考えのまとまったところから筆記の女性を呼び寄せて英語で口述する。きりのついたところでショイナー、メンツェル教授などや外務省スタッフを呼んで討議をする。肝心の訴訟代理人イェニケは私同様に自分の弁論草案の作成に忙しくて顔を合わせる余裕もない。

歴史を紐解いても、日本人が、一個人として、欧米政府からこのような大事を託されることは稀ではないだろうか。そして、圧倒的劣勢であった西ドイツは、西ドイツ側一同の予想さえも覆して、なんとこの事件をモノにする。私などからすると、この本を手にとった際に想像もしなかった、まるで映画かドラマかというような、檜舞台かつ劇的なエピソードである。

ここから先も本当に盛りだくさん、東北大学法学部教授というよりほとんど日本政府の外交官としての国際機関・会議でのご活躍や、国際司法裁判所判事となるための選挙運動、各国政府関係者・法律家との社交や各地の観光で人生を楽しまれているご様子など、ざっくばらんに書き記されている。日本の最高裁判所裁判官は振り返って何か書き残すにしても、やや抑えた筆致であることが多いが、あまりそういった風でもないので、「国際」「法律家」の2つに興味があり未読の方には、ご一読をお勧めしたい。

最後に、とても興味深く感じた点がある。小田氏は、国際司法裁判所判事としての業務をこう語る。

一つの事件に数年はかかる。当事者双方からの訴訟書面の閲読、時には一ヶ月を超える口頭弁論、そうして全判事によるそのリサーチと裁判官合議、私としては全力投球であった。しかしいつも感ずるのは自らの語学力不足から来ることもあろう。自分の意見で同僚を充分に説得できない、また同僚の言うことを完全には咀嚼しきれない。

法は、言語と密接に結びついている。ましてや、争訟において国益の帰趨を決めるという重大局面、難解な理論と主張が交わされるであろう。机上30センチに積み上がった膨大な訴訟書類の精査が必要な事件もある。欧州の言語を母国語としなかったというハンディは、ときに非常に大きなものだったのかもしれない。

しかし、欧米語の非ネイティブ・スピーカーであったにもかかわらず、小田氏は再選を重ね、10年近くもの間、国際司法裁判所の最先任者であった。勿論、ある分野の類稀なる先駆者だったからではあろうが、言語能力が重要な意味を持つ法の世界でも、日本人が、他の要素で代替して海外で活躍していくことも可能と示して下さったとも思える。

日本法と日本語の法律実務

半年ほど前に、タイムラインで、法学と翻訳と他言語(主に英語)について話が盛り上がっていた。その際に感じたことを少し整理し、備忘のために残しておきたい。そうして振り返ってみたところ、長期的な視点にたつと、日本語を母語とする者として、日本法と日本語の法律実務の行方に漠然とした不安を感じることがある。

当時、若手法学研究者の方が指摘されていたが、日本では、伝統的に、外国の概念を丁寧に日本語に「翻訳」しつつ議論することで、彼我の基本的な概念や制度の違いをきちんと理解するというアプローチが強いように感じる。そうした外国法の議論を母国語でやれる国はそう多くないだろう。これは、明治以来の日本の法学の蓄積あってのことだろうし、日本の研究者や実務家にとって大きなメリットである。我が国の偉大な先達に心から感謝しなければならないと思う。

一方、外国法に関しては、翻訳を介さずに原文によってこそ理解しやすい部分もあろう。また、適切な訳語の創出・定着にはそれなりの時間も要する。そのため、金融取引法、会社法、知的財産権法、情報法といった、昨今のグローバル化の影響を如実に受ける分野では、時間的な制約故に、カタカナ英語が流入しはじめている。少し挙げるだけでも、コーポレイト・ガバナンス、フェア・ユース、ヘイト・スピーチ等々。そうした状況で、伝統的なやり方が将来にわたってうまくいくのかは少々気になるところ。

さらに、日本式のアプローチは、他国(主として欧米)の法や理論を輸入する側面に重きを置く。そのため、日本の環境で育った研究者や実務家は、日本法に関して対外的に発信する場面で不慣れな部分があるかもしれない。世界第2位の経済大国として地位を確立していた前世紀はともあれ、大きく環境が変わりつつある21世紀、この発信力の拙さの点も懸念されるところではある。

そうした想いを稚拙なツイートにしたところ、当時、玉井東大先端研教授から、以下のツイートをいただいた。これは、まったくもってその通りと思う。

 

 

玉井先生の仰る「国際的な場」の例として、TPP交渉を巡る議論が挙げられるかもしれない。TPPの知的財産権分野に関しては、米国の法学者から、オバマ大統領に宛てて公開書簡が発表された。その書簡は、言語を同じくする英国、その他のコモンローの諸国に限らず、非英語圏でも法律家が読み、さらには日本語を含む、各国の現地語に翻訳され(日本では島並神戸大教授翻訳された)、全世界に広く共有されていった。こうした場では、やはり玉井先生の仰るように、「圧倒的に英語」「英語が使えないと話にならない」という印象は否めない。

水村美苗『日本語が亡びるとき』によれば、経済学の分野では、ポーランドにカレツキという学者がおり、ケインズが1936年に『一般理論』を刊行するよりも一足先の1933年に、『一般理論』の軸をなす経済原理をポーランド語の論文で発表したという。しかしながら、残念なことに、ポーランド語の論文は、人の目にとまることはなかった。水村氏は、以下のように言う。

気の毒なカレツキは、「英語で書かなかった」学者として、のちの世に名を残すことになったのであった。カレツキの悲劇から半世紀以上たった現在、<普遍語>というものが、英語という形を取り、しかも今や地球全体という未曾有の大きな規模で復権したのは、もう誰の目にも明らかとなった…非西洋語圏の学者がヨーロッパの学者のように<三大国語>を読むのは、困難だが不可能ではない。だが、いったいかれらは何語で書いたらよいのか。かれらは<自分たちの言葉>で書いてそのまま<読まれるべき言葉>の連鎖に入るわけにはいかない。かれらの使った言葉を読める学者は世界に稀である。かれらが書いたものが<三大国語>に翻訳される可能性は非常に低い。さらに、たとえもしかれらが書いたものが<三大国語>に翻訳されたとしても、非西洋語が西洋語に翻訳されたときに失われるものは大きい。西洋語を<母語>としない学者が<自分たちの言葉>で書いて、<読まれるべき言葉>の連鎖に入ることは、ほとんどありえないのである。

この文章では「学者」という言葉が用いられているが、実務家にとっても状況は全く同じである。例えば、インターネット時代のプライバシーを巡る状況でも、米国とEUの動きは全世界から注目されるものの、総務省スマートフォン・プライバシー・イニシアティブⅡ(英訳)などの、日本法の動向に注目してくれる実務家が世界にどれほどいるだろうか。

米国やEUと比べるどころか、もしかしたら、日本法は、アジアの中ですら強い存在感をもっていないのかもしれない。近所には、世界第1位の人口・世界第2位の経済力をもち、強烈かつ個性的な法体系によって、米国ですら何かと意識せざるを得ない国家がある。あるいは、オーストラリア・インド・シンガポール・香港・ニュージーランドといった、英米人にとって比較的馴染みやすい、APAC English Speaking Countriesというカテゴリーもある。

法は、各国の文化と社会と歴史と言語に密接に結びついており、本来、それぞれの法域間で大きく優劣が生じる類のものではないはずだが、今の潮流が続けば、 英語で国際的な議論を主導できる勢力と、他国からはあまり参照されない現地法との間で、次第に国際的な場での重要度・優先度に差が生じ、かつては併存して独立していた後者が地盤沈下を起こしていくかもしれない。

視点を変えて、米国発の法文化の日本への浸透度という点でも、私が学生だった20年近く前とは状況が変わっているように感じられる。例えば、現在、米国憲法・著作権法の研究者にかぎらず、一般の弁護士や法学生でも、米国の大法学者 Laurence Lessig の著書を読んだことのある人は珍しくないだろう。あるいは、Lessig の講演をオンラインで視聴したり、日本語訳ではなく原著を読んだ人も研究者に限られないのではないか。

もちろん、以前だって米国の憲法理論や、更に遡ればドイツ民法典など、日本法はいつも外国の影響を受けてきた、という声があるかもしれない。が、明治の一時期を除けば、基本的には、我が国の名だたる大法学者が間に入って、英米法なりフランス法なりドイツ法なりの思想を噛み砕いて、日本語で日本人向けに再構成してくれたのであって、少なくとも、一般の実務家や法学生にまで、直接かつ直ちに外国法の波が到達していた訳ではなかったように思われる。

さらに、法や理論だけでなく、日本の契約実務は、21世紀に入って、強くグローバル化の影響を受けた。M&Aや金融分野では、日本国内の取引でさえ、米国型の契約実務が浸透している。「表明保証」「補償」「クロージングの前提条件」といった英語の直訳調の用語、日本法由来ではない契約用語が、日本の企業法務・金融法務の弁護士の間で当たり前のように使用される。一部の弁護士や大手企業の法務部員は、Working with Contracts (やその翻訳の米国人弁護士が教える英文契約書作成の作法)などを読み、米国実務を直接に吸収しながら、契約実務の技量を向上させている。あるいは、伊藤忠のような歴史ある伝統的日本企業が、米国弁護士として相当なキャリアを積んだ方を中途で採用し、法務執行役員に昇進させた事例もでてきた。

こうした環境の中では、私たちの世代は、日本語の法律実務家・研究者であっても、水村氏の言う「普遍語」を読む際には、以前の世代ほどの苦労は感じないだろう。そのため、ますます、「普遍語」での議論に影響を受けやすくなる可能性がある。しかし、かといって、法のような分野では、日本語と日本文化の中でキャリアをスタートした者は、必ずしも、いきなり「普遍語」の世界でダイナミックに活動できるわけでもない。そうすると、この大きな潮流の中では、下手すると中途半端な存在にもなりかねない。このような「普遍語」の法律実務家ではないことに起因する悩みは、次の10年、ますます大きくなっていくのでないかという気がしてならない。

感想:吉村昭『ポーツマスの旗』と契約交渉

数多くの作品を読んでいる訳ではないが、好きな作家の一人に吉村昭がいる。この作品は、ときの外相小村寿太郎が全権大使として臨んだ、日露戦争のポーツマス講和会議を取り上げている。

当時、日本は日本海海戦で歴史上でも稀にみる完全勝利を手に入れ、国民は戦勝の美酒に酔っていた。しかし、シベリア鉄道を利用して陸軍の増強部隊を送り込むロシアを前に、その内実、国力は疲弊し、財政破綻は目前。そのような状況下、米国大統領ルーズベルトの仲介を得て、米国北東部ニューハンプシャー州の港町ポーツマスで日露の講和会議の舞台が設定される。

日本政府は、強硬なロシア政府と過大な戦勝の果実を期待する日本国民の板挟みの中で、当時の外相小村寿太郎特命全権大使として、困難が予想される講和の交渉に送り出す。小村寿太郎は、戦勝を祝う国民の歓呼の声に見送られ、帰国の折には正反対の扱いを受けることを覚悟しつつ、米国に向けて旅立つ。この本は小村寿太郎に焦点をあて、ポーツマスでの交渉を詳細にたどる。

小村寿太郎には帝国主義的な側面など含め様々な評価があるだろうが、その辺りは詳しくないので、ここでは、この作品のテーマである日露講和条約の交渉のみに光を当てたい。私たちはこれ程までの劇的な交渉には出くわさないにせよ、このストーリーには契約交渉の様々な要素がギッシリと詰まっている。複雑な取引の交渉を行って何とか契約調印までこぎ着けるという業務にあたる人にとって、大変に興味深いであろう本。以下、いくつか印象に残った場面をご紹介。

第一条の文言を巡る交渉

条約文の最初の討議、第一条の韓国問題に関して、ロシアの条件付き同意を受けて交渉を行い、比較的早期に核心部分に限っては実質的な同意に至ったが、その後の具体的な条約文を巡って難航。

「実質的にはこの問題は日露両国間で意見の一致をみたので、....日本側の意見は会議録に明記しておくことにしたらよいと思う」

と提案するウィッテに対し、実質的な意見の一致を否定し、しばしのやり取りの後に、逆にロシア提案を条約文ではなく会議録に記すことを要求する小村。小村が厳しい態度でその姿勢を貫き通し、何とか第一条の条約文を作成し、ついに双方合意してその日の散会にたどり着いた瞬間、

条文を読み直していたウイッテが、突然、「初めは気づかなかったが、この条文の中に私たちの意見と異なっている点がある」と、発言した。それは、今後、ロシア国民が韓国内で他の諸国の国民と同じ権利を持つという条文であったが、かれは文章が明確さを欠いているという。つまり、ロシア国民のみが不当な扱いを受けるおそれがあるようにもとれるというのだ。小村はそのような差別をする意志は全くないと答え、字句の点で押し問答が反復された。

(中略)

日が、傾いた。ウイッテはさかんに随員たちと言葉を交わし、書記官たちもとりとめもない会話をはじめ、話がまとまる気配はなくなった。そうした空気をながめていた小村は、「時間も大分経過した。本日はこのまま散会とし、明日午後から引きつづきこの問題を協議したい」と発言し、ウイッテも同意した。

私たちが百年というときを経てわずか5行程度の条約文(最終版の第2条)を眺め、押し問答の応酬が5行の中の更に後半の細部・技術的論点を巡って繰り広げられたと知ると、何故にそれほど時間を要したのかと感じるかもしれない。しかし、契約交渉でこの種のやり取りを経験してきた人であれば、似たようなやり取りを想起するだろう。細部であっても文言を巡って火花を散らし、時間を費やして修正を互いに繰り返すことで、ようやく妥結に至ることは珍しくない。

焦点の樺太割譲と賠償金問題

講和交渉は細部では着実に進むが、焦点の樺太割譲と賠償金問題は残念ながら全く着地点をみない。小村は、交渉の破局が目前に迫った最終段階で、ロシアが樺太割譲と賠償金を受諾の方向で検討するならば日本の要求から中立港のロシア艦艇引き渡しと極東ロシア海軍力の制限を取り下げる、との意向を覚書で提示する。これに対し、ウィッテは、

「両国全権委員のみで秘密に話したい事がある。書記官等に席をはずさせ秘密会を開きたいが、貴方の御意見をうかがいたい」

と全権委員の内密の協議を提案、その場で小村に対し、

「私は、本国政府から樺太割譲、償金支払いについては絶対に受諾してはならぬという厳命を受けている。しかし、このままでは、会議は決裂以外にない。私個人としては、是非講和会議を成立させたいと願い、打開案を政府に求めようと思っている」

と明かして、沈鬱な表情でロシア国内の実情を仔細に説明した。続けて、ウィッテは

「あくまで私個人の考えだが、たとえば樺太の北部をロシア領とし、南部を日本領とする案はどうだろうか。樺太北部は、ロシアにとって黒龍江一帯の地の防衛に必要である。また、南部は漁獲資源が豊富で、樺太南部が領土となれば日本には好都合なはずだ。樺太二分案について、貴方の御意見をうかがいたい。」

と樺太二分の私案を内々に提示する。これを受けて、小村は最初に境界線を北緯50度とする旨を確認。そして、日本は現在まさに占領中の樺太北部を手放すのだからとして、その代償としての12億円の賠償金を逆に提案。しばしの話し合いの上で、ウィッテは、その方向で受け入れの可否を本国ロシア皇帝に打診することを約束した。

契約交渉でも、行き詰まった最終段階になると、交渉担当者が試案ないし私案として相手方に折衷案を打診し、現場で詰めた上で、逆にそれを背後の決定権者に仰ぐ場面がある。交渉担当者が全ての決定権限を有することは稀で、実際の交渉実務に携わる人々は背後の決定権者、自社の決裁権者や役員会、外資系企業であれば大きな取引は本国本社、弁護士であれば依頼者本人などに交渉経過を報告しつつ、最終判断を仰ぐ必要がある。かといって、交渉にあたって事前に認められた範囲内から一歩も出ないと、膠着した状況を変えることもできない。

試案や私案を出すのは、現場担当者同士がある程度の信頼関係を築き、相手の状況を理解し、交渉の膠着を打開しようとの強い意思があってこそ。同時に、背後の自分の決定権者の意図が全て読めるとも限らないので、勇気のいることでもある。背後の決定権者が折り合える微妙な折衷案を作成しようという現場担当者同士の共同作業だから、互いに状況を説明しつつ、決定権者を説得するための材料を相互に引き出すという協力関係も生じる。一方、折衷案の作成にあたって譲歩しすぎる訳にもいかず、引き続き、対立関係も残る。樺太割譲と賠償金条項のような劇的な場面には遭遇しないにせよ、取引の重要な場面でこのようなやり取りがあれば緊張感があり、成功すれば達成感もある。

調印式とその後

長丁場に及ぶ交渉を終えて両国全権委員が署名を済ませ、米国のパース国務次官を交えてシャンパンで乾杯しようという場面。

コロストヴェッツがその場の空気をやわらげるように、ロシア国内では条約締結に批判が多いが、外電によると東京でも条約に反対した騒動が起こっていることを口にし、小村に感想を問うた。小村は、表情を変えもせず、

私は、本国の多くの人から非難を受けることを覚悟していた。ウィッテも批判されるかもしれないが、だれにしてもすべての人々を満足させることはできないものだ。私は自分の責任を果たしたことに満足している」

と、淀みないフランス語で答えた。

そんな小村も、帰国前に、さらなる大騒擾が起こって官邸が襲撃され、彼の家族も殺害されたとの誤報を受けた後は、さすがにひどく体調を崩し、数週間の絶対安静を告げられてしまう。

あるいは、ウィッテも、条約交渉中は上の譲歩案を本国に打診したことで、本国から激烈に非難され、談判打ち切りを命じられる。条約調印後は大成功をおさめた外交官としての賞賛をほしいままにしつつも、ロシア皇帝に忌避されて結局その後に失脚。

後日、小村が再度の外相就任のためにロンドンからの帰国途中にウィッテを訪問するシーンが大変印象的。

小村は、「ポーツマスでは互いに祖国のために全力をつくしたが、全く夢のようだ。今は日露両国は友好国であり、嬉しく思っている。」と、述べた。ウイッテは、「ポーツマス条約成立の時、世人は私が大成功したと言い、私自身も密かに誇りをもった。が、今では私を非難する者が多く、それに反してあなたは、罵声に包まれながらもようやく国民の理解も得られるようになっていて羨しい」と言って、外相就任を祝った。小村が去る時、ウイッテは家の前に立って車が遠ざかるのを長い間見送っていた。

交渉事は相手のある話だから、どんなに全力を尽くしても望まれる結果が得られるとは限らない。また、時勢の流れによっては、激しい議論を尽くした合意事項にもかからわず、交渉当時に想定していた意味合いを変えていくこともある。こればかりは避け難いことで、交渉の際はその場でできる最大の努力をするよりない。小村寿太郎の発言のように達観するのは難しいけれど…

小村の交渉家としての素養

小村寿太郎は、睦奥宗光に認められるまで不遇の人だったと言われる。とくに司法官としては目立たぬ存在で、判決書の起草が拙く、もっぱら英米の法律文書の翻訳の従事するだけ、外務省に転じても、周囲の文部省留学生が要職に就く中、当初は一人だけ下積みの仕事にあたっていたという。交渉家としての力量と、判事として法的論点を分析し判決書を起案する能力では、必要な素養が全く異なるのだろう。うだつの上がらぬ法律家として一生を終えることなく、適性ある役目について見事に花開いたのだから、小村寿太郎の後半生は、職業人生としてはとても幸せだったに違いない。

条約原文

最後に日露講和条約の原文はこちら。今の私たちにとって、和文(条約の正文ではなく翻訳としての位置付け)よりも、英語版謄本の方が読解が大変に楽であることに驚く。なお、正本には英文と仏文があり、解釈に相違がある場合は仏文が優先