英語の冠詞と名詞の単複

ノン・ネイティブには、英語の冠詞や名詞の単複はなかなか難しい。会話であれメールであれ、頻繁に迷うし、気付かずに誤った用法で誤解を招く言い方をしているだろうと思う。一説によると、日本人の英語の書き言葉の文法ミスでは、第1位が the であり、第3位が不定冠詞 a という。

先週、海外に出かけた往復の機内で、その辺りの本を幾つか読んだので、備忘がてら少し紹介したい。

マーク・ピーターセン著『日本人の英語』

言わずと知れた、日本人英語学習者にとっての名著。特に冠詞に焦点をあてた本ではないが、「日本人の英文のミスの中で、意思伝達上大きな障害と思われるもの」の筆頭として、「冠詞と数、a、the、複数、単数などの意識の問題」を挙げており、これらの説明に最初の50ページを費やしている。

この本の素晴らしいのは、日本人英語学習者の文法的な間違いが、どういう語感をネイティブ・スピーカーに与えてしまうか、とても分かり易く示している点だろう。例えば、不定冠詞に関しては、chicken (鶏肉)と a chicken (ある1羽の鶏)の意味の違いを取り上げ、"I ate a chicken." という文章は「血と羽だらけの口元に微笑を浮かべながら、ふくらんだ腹を満足そうに撫でている」という情景さえ与えかねないという。また、定冠詞に関しては、日本人の英語には余分な the が多いという。冒頭を the international understanding is ... で始めたエッセイでは、読者はいらいらして What international understanding? と尋ねずにはいられないとのことである。この辺りの感覚は、日本の英語学習書ではあまり触れられない。この本が長年にわたるベスト・セラーというのも、なるほど頷ける。

次に、文法の背景にある a や the をつける意図を丁寧に説明している点もありがたい。例えば、the United States や the Mississippi River に関して、

U.S.A. に the がつくのは固有名詞だから、あるいは国名だからではなく、普通名詞の states があるからである。The Mississippi River も同じである。川の名前だからではなく、普通名詞の river があるから the がつくのである。

とか、 the doing of 名詞と doing 名詞の違いに関して、"He is interested in the painting of pictures." と "He is interested in painting pictures." という例文を挙げつつ

前者の場合は、of pictures の of があるから、painting と pictures の関係が修飾関係である。つまり、どの painting かというと、painting of pictures である。要するに、これは house painting(家のペンキ塗り)ではなく、pictures painting(絵を描くこと)だと述べており、of pictures が painting の意味の範囲を限定している。それに対して後者の場合は、pictures が painting の「目的」に過ぎず、修飾関係ではないので、 十分な限定にならないのである。

という。

ピーターセン氏は、よほど日本人の冠詞や単複の間違いが気になるようで、続編である『続日本人の英語』でも、やはり最初の50ページほどをこの分野に費やしているし、さらに続編である『実践日本人の英語』でも、所有格も加えつつ、前半で30ページほどを同じようなテーマに費やしている。

石田秀雄著『これならわかる!英語冠詞トレーニング』

マーク・ピーターセン氏の著書は、感覚的な部分に踏み込んで説明しており、この点で、類する日本語の書籍は他に見当たらないように思う。英語のネイティブ・スピーカーでありながら、日本語にも相当秀でている人ならではである。しかし、いかんせん網羅的ではない。日本人話者は、数をこなす必要があり、他の学習書で補充する必要がありそうだ。

この本は、Amazonのカスタマー・レビューが非常によいので購入したが、確かに丁寧で分かり易く、かつ幅広いルールと使い方を説明している。読後は何となく分かった気になる。そして、残念ながら、実際はそれでもあまり良く分かってないので、少しばかり数をこなして英語の単複と冠詞に慣れる必要があるかもしれないと思ったときに、次の本も役に立ちそうである。

ジェームス・バーダマン著『 3つの基本ルール+αで英語の冠詞はここまで簡単になる』

ネイティブ精選192問というキャッチ・フレーズで、ひたすら問題をやりながら、関連する a、the、無冠詞のルールをみていくという、どこか受験勉強を思い出させる学習書…ただ、今回読んだ中で、精度を上げていくのにもっとも有効かもしれない。

この分野、冠詞や単複のない日本語を母語とする人に簡単に理解できる訳はないし、ましてや、話したり書いたりする際にすぐに正しく使用できるようになる訳はない。とすると、学習書を読んで用法を理解しただけでは全く足らず、結局、たくさんの用例をみて、地道に少しずつ精度を上げていくよりないだろう。この本は、その場面で自分だったらどう言うかを問題演習の形でみていくことになるので、練習として有益。

ここで、備忘のため、日本を訪れた人を案内するときに使いそうな言葉の冠詞を、一通りメモ。

  • 湖には the を付けない。湾の名前は、固有名詞に Bay を付けるときには Tokyo Bay のように the を付けないが、the Bay of 固有名詞 の場合は the が付く。湖と湾以外の水域や港は通常、 the を付けて the Pacific Ocean、the Port of Kobe とする。
  • 空港や駅は the を付けずに Haneda Airport や Tokyo Station、これに対して鉄道や路線の名前には the を付けて the Yamanote Line とか the Shinkansen。
  • 大規模な建造物にはthe Empire State Buildingというように the が付くが、地名で始まる名詞の場合は Tokyo Tower のように無冠詞。ホテル名には the を付けて the Hilton。博物館、美術館、劇場、図書館名も、the Tokyo National Museum のように the が付く。
  • 大学は、University of で始まる場合は the University of Tokyo のように the が付くが、 Kyoto University のように University が最後に来る大学名には冠詞が付かない。

A Manual of Style for Contract Drafting

最後に弁護士・法務部員向けとして、英語学習書では全くないが、手元にあるこの本によれば、契約書では、抽象的な意味の名詞の前に筋違いの the が散見されるそうである(400ページご参照)。

幾つか例が挙げられているが、

  • upon the satisfaction of the conditions stated in section 4.2
  • with respect to the execution and delivery of borrowing notices
  • for the purposes of calculating consolidated EBITDA for any period for four consecutive fiscal quarters

の取消線付きの the は、いずれもそういった the と説明されている。(そうすると、ピーターセン氏の願いには反してしまうが、英語ネイティブの弁護士の間で、こういう the が氾濫しているのであれば、契約書の場合、迷ったら the を付けるというのも一つの現実的な対応かもしれない…)