米国テクノロジー企業のインハウス弁護士採用・育成事情

米国企業法務の業界誌である Corporate Counsel に、テクノロジー企業のインハウス弁護士の採用事情を取り上げた記事があった。標題からして華々しい社名が登場し、現職インハウス弁護士へのインタビューを元に構成され、内容もとても興味深い。

自らの備忘メモと同時に、この辺りの情報は日本語ではあまり得られないだろうから、ここに少しばかり共有。まずは、各社の陣容。

  • IBM の法務部門は、米国の弁護士が250人、海外の弁護士も同数の250人。Google の法務部門は、米国の弁護士が300人弱、これに対して海外の弁護士は110人程度。Microsoft の法務部門は、米国の弁護士が400人弱、海外の弁護士が170人程度。
  • 弁護士総数でみると、Google で400人超、IBM で500人程度、Microsoft に至っては560人超。

これだけの規模となると正直ピンとこないが、日本でいえば、最大の法律事務所である、西村あさひ法律事務所の弁護士数が470人。したがって、それと同等以上の規模の法務部門が社内に存在していることになる。

ここで、個別の企業の状況に移る。まずはIBMから。

  • 2006年にIBMに入社した General Counsel の Bob Weber は、他企業では絶対に避けるべきと考えられている、ロースクール出たて弁護士の採用を開始した。最初からIBMの弁護士として訓練したいという理由と、適任の弁護士を中途採用するより給与面で合理的であるという理由から。
  • 新卒の弁護士は、司法試験後に本社で数日のオリエンテーションを行い、ミシガン州ランシングの教育センターで業務を開始。実際の仕事をあてがって学習させる一方、メンターがつき、多くの公式のトレーニングの他に、法務部と法分野をカバーするオンライン講座もある。新卒は、18ヶ月から24ヶ月をミシガンのセンターで過ごした後、職場に配属されるという。

これはけっこうな驚きで、米国では、ロースクール卒の新卒を体系的・継続的に採用し続けている企業はきわめて稀だろうし、それも24ヶ月の訓練期間(!)となると、もはや日本企業並みの長期的視野で育成を行っているともいえる。最先端のテクノロジー業界ではわずか数年で他の職場に転職していく雰囲気すらあり得るだろうから、さすがは重厚な歴史をもつIBMと思わざるを得ない。

IBM法務部に関するもう一つの驚きは、その独特の国際感覚。先に記載した人数の点でも、IBM の海外重視の姿勢が目立つが、さらに、

  • 2003年に入社したPeyrona Useroは、当時、スペイン、スウェーデン、フランスおよびイタリアのIBM弁護士による採用面接を受け、現在では、スペイン、ポルトガルギリシャおよびイスラエルの弁護士の上司として、マドリッドで勤務している。
  • 米国外の教育センターは、欧州のダブリンの他に、バンガロールシドニーにある。アジアでは様々な理由により人材採用が困難であるので、良質のロースクールがあり人材に恵まれたオーストラリアで採用・教育訓練を行った上で、これをアジア各地に送り出す。
  • こうした海外異動の例は豊富にあり、上海に駐在していた成長市場担当の法務責任者が今や米国に転じてグローバル・コンプライアンス責任者に異動し、インドのインハウス弁護士をアフリカに派遣し、中国の法務責任者が日本の法務責任者に異動したという。
  • もちろん、こうした取り組みがうまく行かない場合もある。そういう場合はクビにせず、会社側の責任として、当人には他の仕事を与える。

三番目の海外異動の点は、新卒採用以上に驚きがある。全世界に展開するグローバル企業であっても、法務の場合、本社幹部候補生が海外法人で経験を積むケースを除き、上海から米国、インドからアフリカ、中国から日本といった、海外法人間で異なる法域をまたいで異動を行うケースは稀ではないだろうか。IBMの管理職として経験を積んでチームマネジメント能力に秀でた人物であれば、部下をきちんと生かせるので、法域が異なっても問題ないという判断なのかもしれないし、あるいは、詳細な個別の法律知識よりもIBM事業への理解度・IBM流の法務への親和性を大切にしているのかもしれないが、一般には、法域が異なれば、今までの知見を生かすことは簡単ではない。

さて、これだけIBMの記事内容が特徴的で印象的だと、次に続くのはなかなか難しいが、 Google。ざっくりまとめると、

  • 採用には時間を要する。上司であり採用権限を有するマネジャーが、必ずしも即断して要員を補充できる訳ではない。候補者がどれほどの潜在力を持っているかを多くの人がみていく。
  • 法務部門が社内トレーニングを正式に整備し始めたのは、わずか数年前。(かつては少人数のチームだったので、社内のインフォーマルな議論による様々な学びがあったが、現在では規模が大きくなり、情報伝達はオンラインでなされ、以前のような共有が困難となってきたから。)
  • トレーニング・セッションは、Googleについて知るためのものから、特定の法分野をカバーするものなど、多岐にわたる。シニア・カウンセルによる個別のセッションもあり、弁護士会の継続研修の単位が認められるものもある。公式のメンター・プログラムも導入されており、各自のキャリア発展を考慮している。

 最後に、ソフトウェアの巨人 Microsoft から。

  • 面接では、仮想事例をもとに、実際の会議さながらに、質問者がホワイト・ボードに図を描いて技術を説明し、インハウス弁護士としてどう対応するかをみることもある。
  • インハウスの採用は、半分が法律事務所からで、残りの半分が他の組織(その8割は他の企業、2割が政府・規制当局)から。General Counsel によれば、転職者の弁護士が持ち込む、他所の組織運営に関する知識・経験から学ぶこともあるという。
  • 社内トレーニングは高度に組織化され、教材はマイクロソフトの企業理念から、法務部門がどのように運営されているかといった細部までカバーする。
  • レッドモンド本社では、多くのライブのセッションが設定され、General Counsel のBrad Smith による中途入社弁護士との少人数のランチの機会もある。海外子会社の弁護士には、global all-hands の際にGCとの朝食の機会が設けられている。
  • 中途入社の弁護士が身につけなければならない事項は多岐にわたるが、近年、会社全体がソフトウェアからサービス・デバイス企業に転換しつつあり、在職者にも、それに応じた能力開発プログラムが用意されている。そのプログラムの修了には1年ほど要するという。

GoogleMicrosoftも、規模の拡大に伴って内部での教育・育成・キャリア開発の重要性を強く意識しているようで、また、それを可能とするだけの潤沢な資金・人材を有していることも伺われる。