紹介:『福田 博 オーラルヒストリー「一票の格差」違憲判断の真意』

10年に及ぶ最高裁判事の在任中、議員定数不均衡訴訟において、常に違憲判断を貫いた福田元判事。この本は、その福田元判事のオーラル・ヒストリーです。

外交官ご出身の福田元判事、前半では、幼少期から外交官時代、そして最高裁判事になるまでが綴られています。

留学先の Yale Law School では新入生に速読テストが課せられており、福田元判事は、なんと Yale Lawの優秀な米国人学生よりはるかに速読能力が高かったそうです。日本語での読書が速いのはともかく、ネイティブに混じっても英語で読んでもトップクラスというのは驚愕です…

その英文速読能力を生かして、最高裁判事になることが決まってから、米国の憲法のケースブックや民主主義に関する文献を1700ページ読んだとありました。外交官出身の自分が貢献できるのは憲法分野であろうとの想いだったそうです。そうしてみますと、若き頃の米国ロースクール留学が後年の最高裁判事としての価値判断に何がしかの影響を与えたのでしょうか。留学先が公法分野で著名な研究者を輩出する Yale Law School だったことも一因かもしれません。

さて、この本を手にする人にとって最大の関心事、議員定数不均衡訴訟ですが、衝撃的だったのは、福田判事が反対意見を書こうとするとその意見に抵抗する調査官がいたとのこと。

最後は、「どうしてもそういうことが書きたかったら、最高裁判事になってから書きたまえ」と仰るに至ったそうです…福田氏の想像では、調査官側に「在野の弁護士出身ならまだしも、官僚出身、しかも最高裁判事なりたての福田氏がこの種の原告側につくとは一体どういうことか」という抵抗感があったのではないかと。

ドイツから取り寄せた資料なども踏まえて議論を展開しようとしても、担当調査官から日本語で紹介されている裏付けがないという理由で書いてはいけないと言われたり、反対意見のマスメディア向け説明でも、(おそらくは意図的に)適切な要約がなされなかったという状況があったそうです。

一般には、裁判官出身の判事と行政官出身の判事は国よりの判断を下す傾向があると言われます。が、そうした判事たちがあえて少し違った判断を示す際には、弁護士出身の判事よりもしがらみが多いのかもしれません。リベラルな判断を下すことが多かった裁判官出身の泉元判事もそれによって何かと損をしているはずだ、とのコメントがありました。

また、外交官ならではの福田元判事の目からすると、弁護士は批判精神には長けているが、民主主義の話になると、歴史観や世界的な視野が欠けるからか、むしろ、日本の判例拘束のバイアスに囚われているという印象もあるそうです。優秀な調査官たちに関しても、冷戦期の最高裁判例をそれぞれの時代特有の背景を抜きにして理解している、というニュアンスでおっしゃっていました。

最後に、退官後に弁護士登録して西村あさひに所属した経緯も、少しばかり書かれています。最高裁判事の退職後のキャリアを率直にお話しされているものは少ないので、とても興味深かったです。